「磨りおろし生墨」シリーズ商品ラインアップ

「磨りおろし生墨」シリーズは、固形墨を磨りおろした、今までにない全く新しい書道液です。固形墨のみが持つ色合い、運筆をお楽しみいただけます。固形墨を磨りおろしておりますのでひとつひとつの墨色や滲みに違った表情が現れ、時間の経過とともに移り変わっていく墨色も、生墨をお使いいただく楽しみのひとつです。

※図は「磨りおろし生墨 古墨 普通濃度」の墨色見本です。
「磨りおろし生墨」シリーズは揮毫用墨である頂煙翰墨自在クラスの墨を磨りおろした「磨りおろし生墨 翰墨自在」、絶妙呉竹クラスの墨を磨りおろした「磨りおろし生墨 絶妙」、30~40年前に造墨された古墨を磨りおろした「磨りおろし生墨 古墨<濃墨>」、「磨りおろし生墨 古墨 普通濃度」、仮名用和琴クラスの墨を磨り下ろした「磨りおろし生墨 和琴」の全5種類を揃えております。
従来の「磨りおろし生墨 古墨」は濃墨に当たり、「磨りおろし生墨 古墨 普通濃度/250g」は、この濃墨を普通濃度まで希釈しているため、墨の濃さの調整に慣れていない方でも手軽に古墨の良さを感じていただけます。価格も手に取りやすく抑えており、本物の墨を用いた本格書道への入門となる商品となっています。
揮毫・・・一般には、揮毫とは著名人や書家の方が依頼されて書いた作品・文字を指します。伸び・厚み・濃淡に個性を備えた中級~高級墨が使われます。
書道市場の動向
固形墨をそのまま磨りおろしたものなので、固形墨を使用した時と全く同じ軽やかな運筆、美しい墨色が得られます。固形墨を使用して書作品を制作したいプロの書家の方に適した商品ですので、書道展に向けた作品制作や、練成会など大量に磨った墨が必要な場面にもお使いいただけます。一方、日常において書道に触れていない方は、多くの方が「書道」という言葉を聞くと、学生時代の授業や習い事をイメージされるのではないでしょうか。しかし、国民のレジャー活動を総合的に分析する「レジャー白書」によると、書道を趣味として楽しむ方は、50代~60代に多くいらっしゃいます。
書道人口に目を向けますと、1990年代後半を境に、余暇に書道を楽しむ方は減少傾向にあります(レジャー白書2018)。しかし、少子高齢化の進む日本における今後の人口構成を考えると、50代~60代の人口比は増加していくでしょう。一般的に定年退職を迎える時期を前にして、定年後の生活を意識し始める中、「本格的に書道を始めたい」と考える方も多いのではないでしょうか。そのような方にも、墨を磨らずとも手軽に固形墨を磨りおろした液の良さを感じていただけるのがこの「生墨」という商品です。
固形墨・液体墨・生墨について
固形墨とは、「煤」を「膠」と呼ばれる動物の皮から抽出したゼラチン質でかためたものです。硯で水とともに磨って使用します。
一方、生墨やいわゆる液体墨のような、液になっておりボトル詰めされた書道用の液は磨らずにすぐに使えるため大変便利です。

本リリース内では固形の墨を「固形墨」、生墨以外の書道用液を「液体墨」、磨りおろし生墨シリーズの商品を「生墨」と呼び分けます。「液体墨」の中にも、固形墨と同じように膠を含む「膠系」と呼ばれるものと、膠の代わりに合成樹脂を使用した「樹脂系」と呼ばれるものがあります。
合成樹脂は天然物である膠に比べ安定しており、品質が変化しにくい一方、やはり人工物のため膠の持つ書き味・表現力とは異なります。本リリースでは固形墨および生墨との比較のため、「膠系」の書道液にのみ言及します。
「生墨」とは
生墨とは、固形墨をそのまま磨りおろしたものです。「生墨」の読み方は「なまずみ」となります。いままで広く使われてきている液体墨とは一線を画します。呉竹の数ある書道用液のラインアップの中でも作品制作用書道用液として長くご愛顧いただいている「書芸呉竹 紫紺」を例に、その違いについてご説明します。
生墨は、実際に固形墨をそのまま磨りおろし、最小限の防腐剤のみを加えたものです。一方、書芸呉竹は煤や膠といった固形墨の原料に、安定剤である塩化カルシウムと防腐剤を加えています。
(1) 原料について:塩化カルシウムとは
生墨の原料は、固形墨と水と最小限の防腐剤のみです。一方、書芸呉竹は煤や膠といった固形墨の原料に、添加物として安定剤である塩化カルシウムと防腐剤を加えています。つまり、生墨と液体墨との決定的な違いは「塩化カルシウム」の有無です。塩化カルシウムが入っているかどうかで、両者を見分けることができます。非常に水に溶けやすく、その水溶液の凝固点(凍結する温度)が低くなるため除湿剤や融雪剤としても一般に使用される塩化カルシウムですが、液体墨においても広く安定剤として使用されています。しかし、この塩化カルシウムが含まれていることによって液が紙に吸収されやすくなってしまうため、比較的伸びが悪く、運筆の重い液となります。一方生墨は塩化カルシウムを一切含んでいないため、固形墨そのものの軽やかな運筆を実現します。つまり、同じ液体状ではありますが、この両者は「全くの別物」ということになります。
(2) 製法について:そのまま磨りおろすことによって得られる効果
生墨は固形墨を実際に磨りおろしているため、その磨られた煤の粒子は大きさにばらつきがあります。一方、液体墨は生墨に比べ煤の粒子にばらつきがありません。液体墨は煤と膠を混ぜ合わせ、丹念に練り上げてから水で希釈することで作られるのですが、液体墨における膠の役割は、親水性のない煤を包み込み水になじむようにすること、そして同時に煤同士がつかず、水に浮遊できる状態にすることです。この状態を「コロイド分散」といいます。このコロイド分散の状態を液の状態で長期にわたり保つためには、ある程度煤の大きさが均一である必要があります。したがって、液体墨は生墨に比べ煤の粒子にばらつきがありません。
(2)-1 効果①:「凝集」により移り変わる墨色
前述の通り、書芸呉竹において粒子径の大きさの差がほぼ均一であるのは、「凝集」が進むのを遅らせ、「コロイド分散」の状態を長期にわたり保つためです。つまり、実際に磨りおろしているために粒子径の大きさが均一でない生墨は当然、比較的早く「凝集」が進んでいってしまいます。時間の経過とともに「凝集」が起こると、それにつれて墨色が変化します。これこそが生墨が固形墨をそのまま磨りおろしたという確固たる証拠であり、また、生墨を使う面白みであります。
凝集の過程と、墨色の変化についてみてみましょう。
磨りおろした直後は膠が薄い膜となり、煤を包み込むことで水中に浮遊しています。(図(2)-1-A)

↑液の顕微鏡拡大画像。粒子は分散している。
時間がたつと膠が劣化し、「凝集」が起こります。この凝集は、時間の経過によって進んでいきます。顕微鏡の拡大画像を見るとわかる通り、一部の粒子同士がくっつき、大きな粒子と小さな粒子が混在しています。後に述べます基線と滲みが表れる仕組みからわかる通り、粒子径に大きな差ができた状態となるため、はっきりとした基線と、柔らかく大きな美しい滲みを得ることが出来ます。(図(2)-1-B)

さらに凝集が進むと、最後には「宿墨」となります。(図(2)-1-C)
「宿墨」とは、粒子同士が引っ付きあい、比重が大きくなって水と分離し、墨本来の美しいといわれる墨色が失われた状態のことです。顕微鏡の拡大画像を見ると、細かい粒子がなくなり、かなり大きな粒子の塊になってしまっているのが分かります。この状態になると、滲みも少なく滲み方もギザギザの汚いものとなってしまいます。一般には宿墨になると、墨の命は終わりとなります。墨はいきものです。宿墨するまでの凝集の過程、墨色の移り変わりを楽しんでいただけるのがこの生墨という商品なのです。

(2)-2 効果②:基線と滲み
生墨と液体墨の製法の違いにより、生墨は水を加えて淡墨にしたときによりはっきりとした美しい「基線と滲み」が現れます。「基線と滲み」とは、液を淡墨(水で薄めたもの)にし、にじみの良い紙に書いたとき現れます(下図(2)-2-A参照)。淡墨においては、基線がはっきりと出、にじみが美しく広く広がるものが良い墨とされています。
「基線と滲み」が出る仕組みは、前述いたしました宿墨となった液の顕微鏡写真(図(2)-1-C)が大きな粒子ばかりになっていることからわかる通り、粒子径が小さいものから大きなものまでなだらかに分布しているからと考えられます(下図(2)-2-B参照)。

↑粒子径が広範に分布しているほど基線と滲みの差ははっきりと表れ、美しい滲みが広がる

↑粒子径の分布を表すグラフ。生墨は液体墨である書芸呉竹に比べなだらかなグラフとなっており、
手で磨った固形墨の粒子径分布とかなり近しい。
書芸呉竹も呉竹独自の超微粒子分散技術により、安定を保てる範囲において粒子径の差は持たせてありますが、安定を保つためには限界があり、その基線と滲みの差は小さいのです(下図(2)-2-C参照)。その一方、書芸呉竹は精選された煤が膠と丹念に練り上げられているため、上品で均一な滲みが得られます。

↑「紫」の周りの円の部分が淡墨。液体墨(書芸呉竹 紫紺)使用。
生墨(図(2)-2-A)に比べると基線と滲みの差は弱い。
「古墨」の良さ
墨は古来より、「古いものが良い」と言われています。「磨りおろし生墨 古墨 普通濃度/250g」を商品化いたしましたのは、「古墨」の良さをより手軽に多くの方に感じていただきたいという思いがあります。そもそも、「古墨」の良さとは何か、という点から見ていきましょう。
墨も人間と同じように成長し、老いていきます。製造直後の墨は水分を含んでおり、徐々に乾燥することによって膠は外気の温度、湿度の影響を受けながら徐々に変化していきます。この膠の変化により、墨色、墨の質も変化していきます。これが、墨はいきものといわれる所以です。
(1)枯墨
製造年より10年以上経過した固形墨を枯墨といいます。
製造されたばかりの固形墨はまだ中に水分が残っており、乾燥しきっていません。それが年月を経るに従い、水分が抜けるとともに天然物である膠が次第に劣化していき、膠の粘性が弱くなり、先述の「コロイド分散」がしにくくなっていきます。このような状態になった墨を「枯れた墨」といいます。枯れた墨は特に墨本来の墨色が発揮され、上品で深みがあり滲みが細やかで、運筆・伸びがよく墨色の変化も出て立体感のある線が表現できます。
(2)古墨
墨は30年から50年たったものが使いどころとされています(北畠ら、1958年)。
枯墨となり、固形墨内部の水分量が安定したのち、さらに固形墨が「呼吸」することで膠がごく少しずつ変化していきます。この「呼吸」というのは、吸湿性のある膠が、温度や湿度の変化という環境の影響を受けて固形墨内部に水分を取り込んだり放出したりすることです。この微量の水分の行き来によって、膠は長い年月をかけて劣化し、磨ったときに水中に浮かぶ粒子径には細かいものから大きいものまで大きな差ができた状態になります。生墨では水中において数年で起こっていた凝集の過程が、固形墨では水分がごく微量であるが故に何十年もかけ、ゆっくりと進むと考えてよいでしょう。この状態においては、のびがよく墨色も遠近感のある落ち着いた深みと重厚感の保たれた表現が得られます。膠の力が弱くなり凝集が起こるがゆえに基線がはっきりと出て、細かい粒子は紙の繊維にそって柔らかく滲みます。これが古墨でしか得られない良さです。
「磨りおろし生墨」シリーズの「磨りおろし生墨 古墨 普通濃度/250g」および「磨りおろし生墨 古墨<濃墨>/250g」は製造より30~40年の経った古墨を磨りおろしております。書家の方はもちろん、固形墨・古墨の良さ、その表現力と美しさに触れたことのない方にぜひ一度、お試しいただきたい商品です。
生墨Q&A
本当に磨りおろしているの?
磨りおろしております。その詳しい方法については極秘であるため開示できません。専門店様におかれましては、お手元にお持ちの墨を磨りおろし生墨にすることもできます。(※弊社営業担当までお問い合わせください。)
250gに何丁分の固形墨が入っているの?
1丁型換算で、濃墨で4丁、普通濃度で2.5丁分の固形墨が磨りおろされています。
ゲル化(にこごり状)してしまいました。どうすればよい?
固形墨を磨りおろしておりますので、低温下ではゲル化(にこごり状)することがあります。先述の「凝集」は時間の経過によって起こる現象でしたが、「ゲル化」は温度の変化によって起こるもので、生墨の濃墨では12~13度、普通濃度では7~8度で始まります。容器から出しにくくなりますので、容器ごと50~60度のお湯で、10分~15分程度湯煎をしてください。品質には問題なくご使用いただけます。
磨り合わせ(他の液と混ぜること)はできるの?
他の呉竹膠系書道液とも、固形墨とも磨り合わせしていただくことができます。
表具(巻物や掛け軸・額に仕立てること)はできるの?
表具することはできますが、古墨については膠が劣化し、粘性が落ちているため紙への定着が比較的弱いという性質があります。そのため、十二分に乾燥させてから表具してください。また、専門店に表具を頼まれる際は古墨使用の旨をお知らせください。
参考文献
公益社団法人日本生産性本部(2018),レジャー白書2018
北畠雙耳・北畠五鼎(1985),「古文具の基本知識」,三秀舎