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墨で広がるアートの世界
煤・膠で不変の作品を作る 高畑(たかばたけ) 彩佳(さやか)さん

2020年2月、京都造形芸術大学(現:京都芸術大学)にて2019年度の卒業展・修了展が開催されました。
今回はその際、墨やその原料を使って作品を制作された方にフォーカスし、2回に分けて特集記事を展開します。
第二弾として卒業生の高畑彩佳さんを広報担当の金倉が取材させて頂きました。
昨年の修了展で呉竹の墨を使って作品を制作された2名に取材した記事はこちらから。

隣人-あるいは排水口から滲み出る水

金倉
まずは、今回の作品を作られた経緯を教えて頂けますか。

高畑
この作品は3年前から作り続けている「排水溝から滲み出る水」をモチーフにしたシリーズの新作です。

「人は見ている」が母の昔からの口癖でした。
良い行いも悪い行いも、必ず誰かが見ているという教えです。そのことは大人になるにつれて理解していったのですが、数年前、郷里香川の瀬戸内の島を歩いたとき、誰もいないはずの山道から何かの視線を感じたんです。
まわりを見渡すと、目線より高いところで等間隔に並んだ排水口が水を垂れ流しながら静かに佇んでいました。

「これに見られていたのか」と。その光景と感じた視線が脳裏に焼き付いて、3年前に今回の作品に続く一作品目が生まれました。排水口と滲み出る水が神様、仏様を表す光背と像にも見えて…特定の宗教というわけではありませんが、自分よりも高次元に位置する存在の目として捉えています。

また、高校一年生のときに、アメリカの宇宙飛行士になった方の実話をもとにした単元を英語の授業で勉強しました。その中にソ連が打ち上げた人工衛星をウエストバージニアの少年が見て、今まではどこか遠い世界で起こっていた重大な出来事が今は自分の目の前で起こっている!と衝撃を受け、宇宙飛行士を目指す、というシーンがあって…。

それを自分に置き換えて考えたとき、紛争や飢餓、技術の進歩や明るい話題でも、世界にとって何か重大なことが起こった時、現実に起きたことなのだけれど何処か遠い話のように思えて、自分と世界とのつながりがひどく薄いように感じながら生きてきました。
彼の感じたような世界とのつながりは未だ見つからず、自分は世界の一部たりえているのか。確信が持てないまま今に至ります。

何処かと何処かをつなぐツールである排水口をモチーフに、自身と世界とのつながりを「視線」と「祈り」に変えて具現化しました。

金倉
高畑さんの人生の歩みや経験が作品に反映されているんですね。今回の制作で苦労した点を教えてください。

高畑
最初は紙や手板の上で構想を練り、パネルを作るところから始まって下地作り・表現と進んでいきます。毎回のことですが実際のパネル群を前にすると想像や手板上の質感と現実の質感の違いに納得がいかないことが多くあります。突然画面を塗りつぶしてみたり、パネルに穴を開けてみたり、ふりだしに戻ることもよくありました。これじゃない、これじゃないことだけは確かなんだけど、じゃあどれなのかっていうのが分からない。自分でも説明できない。その作品に求める質感が画面上にない時期は作品を見るのもいやなのですが手を動かさない限り自分の求める質感が現れることはないので苦しいです。

これまでも黒と白の質感を追求して、色々な素材を試しながら手板や小作品を作ってきました。一見無駄に見える試行錯誤があるからこそ、その素材にしか出せない質感と出会うことができます。イメージを越える質感が現実のものとなるまで何度も顔料を重ねていくしかないんです。

金倉
頂いた制作段階の写真の中に手袋が擦り切れているものがあって、相当苦労されたんだなと思いました。こちらはどういった時に撮られたものですか?

高畑
作品にやすりをかけている時に撮ったものです。扱っているのが大量の墨や煤なので、手袋をしないと手が真っ黒になったり荒れてしまうのですが、気が付いたら地肌が見えていました。

制作中は使用していた手袋が擦り切れることもあった。 撮影・提供=高畑彩佳

金倉
それだけ集中して制作されていたということですね!画材、支持体(※1)については何を使用されているんでしょうか。

高畑
自作両面パネル、天竺綿(てんじくめん)、ムードン(フランス産炭酸カルシウム)、兎膠(うさぎにかわ)、墨、油煙(ゆえん)煤(呉竹提供)、黒鉛(グラファイトパウダー・呉竹提供)です。

金倉
販売品ではないですが、制作中に弊社から煤を提供させて頂いていたんですよね。どのように使われているか教えて頂けますか。

高畑
黒鉛(グラファイトパウダー)は、作品の両面に膠と混ぜて塗っています。乾いた後ウエスに粉末を少量つけ磨くことで鈍い金属質の輝きが増すんですよ。

油煙墨(※2)の煤は、片面のグラファイト面の上に膠と混ぜて塗っています。乾いた後に細かい耐水ペーパーで研磨することでマチエール(作品表面の肌合いや材質感)を浮かび上がらせています。石膏地(クッション性のある支持体)と黒鉛で画面を作り、さらに瑪瑙(めのう)で画面を磨くと光を反射するので、ピカピカと輝く水に見立てた表現が可能になります。

作品の質感を表現するために市販のジェッソやモデリングペースト(※3)を使用してみたこともあったのですが、ビニールのような仕上がりになってしまって納得がいきませんでした。やはり天然素材にしか出せない質感表現があると思います。

金倉
なるほど。この素材だからできた表現などがあれば教えてください。

高畑
煤の状態で、パウダー状の油煙や松煙(※4)など様々な素材を頂いていたのですが、その中でグラファイトのパウダーを試してみたところ、重く鈍い金属光沢が出ることに気づきました。墨になる前のグラファイト粉末を顔料として膠と混ぜ塗布することで、鈍く光る不思議な光沢を出しました。以前から作品と見る人の距離・角度で変化する作品作りを目指していたので、いい素材に出会えてうれしく思います。

制作途中の様子。裏側から光が当たることで、穴の存在が際立つ。 撮影・提供=高畑彩佳

金倉
ありがとうございます。最後に、今後の目標や展望を教えてください。

高畑
美術館に飾られるような何百年も前から美を見いだされてきた作品の横に自分の作品を展示したとき、価値のない塊だと心が感じてしまわないくらい、強い作品を作っていきたいという思いがあります。

そのためにも何百年もの間色褪せない芸術作品に使用されているような“不変の支持体”を使った作品を残していきたいです。 既に歴史や長い時間を経てきたもの、例えば今ルーブル美術館にある作品に使われている支持体は、これまでの歴史がその素材が長持ち、あるいは修復を経て現存しうることを証明しています。産業革命以後、技術の進歩によって新しくできたものでももちろん面白い素材はあると思うんですが、作られてからの時間が短いので、未来にどのような形で残せるのか分かりません。修復できるのかもしれないし、できないかもしれない。昔から保つことが証明されている素材を使えば、未来に残せる作品作りができると考えています。

加えて、日本美術・東洋美術の流れを自分の作品に生かせればと考えています。これらの美術の世界では素材と自然がとても近くて、日本の岩絵の具にしても、昔のものは自然から取れる素材だけを使って豊かな色彩を生み出しています。今はお店に行けば、何も考えなくても多彩な絵具を手に入れることができるけれど、自然のものを用いて、何を混ぜて、どんな風に手を加えればその色になるかということを自分できちんと知っておきたいです。自分にとっての美しいものを作るために、素材を追求して選んでいきたいと思っています。

また、昔の日本美術はただ絵として飾るだけではなく、(ふすま)屏風(びょうぶ)には空間を仕切るという用途があります。ただあるだけではなくて、生活の中で役に立つ用の美として空間と絵画が共存しているのはすごく面白いなと思って。私自身もそんな風に何か用途があって、空間と共存できるような作品作りをしたいです。

あとは自分の中で大きな目標があって…30代で地元香川県の美術館(丸亀市猪熊弦一郎美術館、高松市美術館)の企画展に呼んで頂けるよう、作品を作り続けたいです。まずは高松市美術館が年に1度開催する「高松コンテンポラリーアート・アニュアル」に声をかけていただけることが目標ですね。香川には丸亀市猪熊弦一郎現代美術館をはじめ、香川県立東山魁夷せとうち美術館、イサム・ノグチ庭園美術館など個人の美術館が存在しています。私も死ぬ前に香川に自分の美術館を作れるくらいの美術家になりたいです。

おわりに

墨の原点である煤、膠などの素材に注目し、後世にまで残る作品作りを行われている高畑さん。

これまでの学生生活の集大成となる作品について、お話を伺うことができました。今後の活動からも目が離せません。

呉竹の墨についてはこちらから。

※1)支持体…絵画の塗膜を支える面を構成する物質。布や紙、金属板など。

※2)油煙墨…植物油を燃やして採取した煤から作られた墨。

※3)モデリングペースト…盛り上げ材の一種。下地や絵具に混ぜることで独特の質感を表現するのに用いられる。(アクリルエマルジョンに炭酸カルシウムなどの体質を加えたマチェール材)

※4)松煙…樹脂を多く含む松の木を燃やして採取した煤。

※本記事に掲載されている内容は発表時点での情報であり、最新の情報と異なる場合があります。

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