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墨で広がるアートの世界
彩墨で草花の世界を表現 細見きらりさん
2020年2月、京都造形芸術大学(現:京都芸術大学)にて2019年度の卒業展・修了展が開催されました。
今回はその際、墨やその原料を使って作品を制作された方にフォーカスし、2回に分けて特集記事を展開します。第一弾として卒業生の細見きらりさんを広報担当の金倉が取材させて頂きました。
昨年の修了展で呉竹の墨を使って作品を制作された2名に取材した記事はこちらから。
金倉:
まずは、今回の作品のコンセプトについて教えて頂けますか。
細見:
今回は葛をテーマに扱っています。
もともと植物…というより雑草といわれるものをメインに扱っていて、卒業制作でもそうしたものを取り上げたいと思っていた時に出会ったのが葛でした。葛は衣食、薬用として古くから役立てられた万葉植物の一つで、詩歌や昔話に登場し人々と深く関わってきたんです。秋の七草の一つにも入っているんですよ。
ところが現代ではその強すぎる繁殖力ゆえに、役立てようとして栽培を始めたものの逆に駆除しようとする動きも出ています。こうした表裏一体な存在は日本人が自然から恩恵と災厄を受けながらも共生してきた姿の象徴にも思えました。
今回は、葛の彫刻を施したパネルを貼り合わせ、壁に円相の形で設置しています。この伝統的植物である葛を厄祓いや五穀豊穣を願う茅の輪に見立てることで、日本文化の精神が生きて行ける、雑草と呼ばれる草花たちと人間が共生する世界を描いています。
2メートルを超えるパネルを貼り合わせた圧巻の作品だ。
細見きらり《真葛原の輪》2019年
撮影=大河原 光 提供=細見きらり
金倉:
細見さんは以前から身近な草花に関する作品を多く出されていますよね。こうしたテーマを扱う理由やこだわりなどはありますか?
細見:
もともと草花が好きだったのですが、自分が何を描くべきかということは長い間模索していました。
そんな中で大学2年生の夏に中学生向けのスケッチのワークショップをお手伝いする機会があり、参加者の子たちが身近な雑草を持ち寄って絵を描いているのを見かけたんです。こうした行為自体は私たちも普通にすることですが、いざ講義が終わって机の上を見ると無残な雑草が散らばっていて…私も小さい時に花冠を作ったりしていたのですが、草の方からすると勝手にちぎられて結ばれているわけですよね。
そこから、私が雑草をテーマに作品を描いて、その作品についてお話する機会があることで、普段皆さんが気にも留めない子(雑草)たちが話の主役になる瞬間があってもいいんじゃないかな、と考えています。
金倉:
今回は作品もかなり大きいですし、大変な制作だったと思うのですが…苦労した点を教えて頂けますか。
細見:
240cm×70cmのサイズのパネルを10枚制作しました。
それぞれ、葛の葉以外の部分全てを彫刻刀で彫り出しています。膨大な作業量を限られた期間で行う必要があったので腱鞘炎になりながらの作業を行いました。
あとは、何よりも苦労したのが展示会場での設営です。高さ約4m、横幅約5mの空間に1枚約10キロのパネルを10枚、茅の輪を見立てた円相の形に設置しました。
作品中の葛の葉。全て彫刻刀で彫り出されている。撮影=大河原 光 提供=細見きらり
金倉:
画材、支持体については何を使用されているんでしょうか。
細見:
麻布、石膏地、天然顔料、墨、リンシードオイル、膠、蜜蝋などです。
金倉:
作品の中で、呉竹の商品をどこに使用されているか教えて頂けますか?
細見:
松潤を画面の暗くしたい部分に使っています。液体墨ではなく、固形墨の方を使いました。
金倉:
固形墨!この大作でその都度磨りおろすのは大変だったと思うのですが、固形墨を使うこだわりなどはありますか?
細見:
硯や水との相性で、同じ固形墨でも全然違う色を出してくれるんです。
自分が持っているものの中でベストな色を出すなら固形墨かなという思いがありますね。
ごく微妙な差ですが、その時の体調によっても出る色が変わることがあるんですよ。他の人には分からなくても、自分でこだわって工夫した点があることで、自信を持って伝えられると思っています。
金倉:
なるほど。松潤の良かった点や、松潤だからできた表現などがあれば教えてください。
細見:
松潤は松煙墨(※1)ですが、時間が経っていることもあり油煙墨(※2)のような温かい色を見せてくれる瞬間もあります。
真っ黒ではなく、僅かですが、青みを帯びているように感じることも、赤みを帯びているように感じることもあるほど複雑な黒です。強い黒は画面にメリハリをもたらしますが、単調になりがちです。その黒に松潤の黒を用いることで黒の表情にも幅をもたせることができたと思います。
また制作方法という点では、赤い色の顔料を乗せてから最後に松潤をコーティングする形でのせています。下地に赤が多めなので、青っぽいものをかけたいと思っていて、かといって青すぎるのもしっくりこなくて…。その点で松潤は上手く馴染んだのかなと思っています。
影の部分に複雑な黒の色みが見て取れる。撮影=大河原 光 提供=細見きらり
金倉:
ありがとうございます。最後に、今後の目標や展望を教えて下さい。
細見:
これからも墨、彩墨を中心とした作品制作を行って行きます。墨は磨る水や硯の組み合わせの違いで様々な表情を見せてくれる五彩の黒です。大学、大学院の6年間では到底理解することのできない壮大な物語を感じました。作品制作を通して、墨と対話をしながら、墨や彩墨の力を最大限に生かす作品を追求していきます。
おわりに
墨の奥深さに目を向け、何気ない草花の生命力を描き出す細見さん。これまでの学生生活の集大成となる作品について、お話を伺うことができました。今後の活動からも目が離せません。
※1)松煙墨…松の木とその樹脂を燃やして採取した煤から作られた墨。
※2)油煙墨…植物油を燃やして採取した煤から作られた墨。
商品情報
商品名:純松煙磨墨液 松潤 改/ 250ml
品番:BB15-25




