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墨で広がるアートの世界
画家 丹羽優太さんの描く画賛『兴城から遠く離れて』
撮影 片山達貴
こちらは『兴城から遠く離れて』という画賛作品です。「画賛」とは、画面の余白に詩を書き込んだ作品を指します。
縦3m×横10mという大作を制作したのは、画家の丹羽優太さんです。
以前の取材後、中国に渡り語学の勉強や作品制作に打ち込まれていました。
2020年3月上旬、一時的に帰国して仏徳山 興聖寺というお寺で制作をしているとのことで、新作の話を中心に大学院卒業後の活動について広報担当の中井がお話を伺いました。

▲丹羽優太さん
中国での活動
▲制作中の作品を前にお話を伺いました
中井
作務衣で制作されているんですね。
丹羽
今は毎日ここに住み込みで、朝は4時くらいに起きて座禅にも参加しながら制作しています。お坊さんたちと共に生活をしながら絵を描いていて、貴重な経験です。
中井
去年の7月頃にお話を伺って、その後中国ではどのような活動をされていましたか。
丹羽
北京の語学学校に通って、中国語の勉強をしていました。
午前中に語学の授業に行った後、午後は孫遜という中国の現代美術作家の方のスタジオで手伝いなどをやらせてもらっていました。
両立はものすごく忙しかったですけど、かなりいろんなものを得られたんじゃないかなと思っています。
中井
すごく良い環境で活動されていたんですね。
いつ頃日本に戻ってこられたんですか。
丹羽
1月末の春節の時に、孫遜のスタッフが住んでいた興城に遊びに行っていたんです。その頃から新型コロナウイルスの感染が広がっていって、大学時代にお世話になった先生から今の内に一度日本に帰国した方がいろいろ動けるんじゃないかと助言いただいて、ほとんど着の身着のままの状態で日本に帰ってきました。
作品について
中井
それは大変でしたね…。
今制作されている作品はどこで発表される予定ですか。
丹羽
結局中止が決まってしまったんですけれども、奨学金をいただいている「公式財団法人クマ財団」の3月の成果展に出展するために制作しました。
春節が終わってから一気に書き上げようと思っていたんですけど、画材をすべて置いてきてしまっていたので、場所も探して一から描かなきゃいけないとなって。
いつもお世話になっている画材屋さんとか、筆屋さんとか、大学時代にお世話になった先生や呉竹さんにも連絡して、何とか画材を調達しました。
紙は、中国で2m×10mの中国紙を作っていたんです。下書きも準備して、あとは描くだけだったんですけども、それが出来なくなって。
それでも展覧会ではそのサイズが入るだけのスペースをもらっていたので、大きい紙で、墨で描けて壁に貼れる強さのあるものが必要でした。
大学の恩師である青木芳昭先生に相談してみたところ、ちょうど大きいサイズのユポ紙(※1)をお持ちということで、譲っていただきました。
あとは場所だとなって。いろいろ候補はあったんですけども、何せ大きい作品だったので、縁のあった興聖寺さんにダメ元で相談させていただいたら快くいいよと言っていただきました。

▲曹洞宗仏徳山 興聖寺
中井
なるほど、今回は制作の準備からかなり苦労されていたんですね。
作品はどのようなコンセプトで制作されているのでしょうか。
丹羽
この作品はコロナウイルスとも多少関連していて、今回、日本に帰ってきてから全部考えました。
幕末にですね、今と同じように感染症が大流行した時期がありました。調べていると、感染症は妖怪の仕業だという話があって、人がすぐに死んじゃうということで「ころり」と呼んでいたんです。「虎狼狸」と書くんですが、三体の動物がキメラのように合体したものが浮世絵などで描かれていました。面白いなと思って、これを中心に制作をしていこうと決めました。
▲「虎狼狸」が描かれた茶釜。頭が虎、下半身が狼で狸の玉袋がついている。
虎と狼と狸を分けて、いろんな民話や神話にでてくるストーリーに関連するものを散りばめて描いています。
時には神様であって、時には妖怪として病気を運んでくるという東洋らしさに着眼して制作を進めています。

▲虎は雪村の絵がもとになっている。一休さんの「屏風の虎」の話にかけて掛け軸から飛び出したかのようにそばにもぬけの掛け軸が描かれている。
写真左:撮影 片山達貴

▲ヤマトタケルの神話と犬神信仰の話から着想して、草薙の剣や狼の骨などが描かれている。
写真左:撮影 片山達貴

▲信楽焼の狸が頭に載せている椿の葉っぱや、昔話「分福茶釜」で狸が化ける茶釜などが描かれている。
写真左:撮影 片山達貴
前々から、実際に起きる手に負えない災厄は、常に何かしらの生き物に置き換えられていて、そうすることで人々はひとつの安心感を得ていたんじゃないかという話がすごく面白いと感じていました。
特に日本は災害が多い国ですし、他の国よりもそういう話が多いんですね。
かつ、日本は民間伝承や神話みたいなものが境目なく混ざり合っているようなところがあります。
描いて調べているといろんな話が繋がっていて面白いですね。ある地域ではすごい崇められているけど、ある地域では逆に忌むべき存在というか。そういう表裏一体の関係でもあるんだなぁというところがあります。
今までずっと黒い生き物みたいなものを描き続けてですね、その黒い何かっていうのが時には山椒魚やナマズになったり形を変えながら、常に生活の様々なところにあって、日本に住む限りはそういうものと共に生きていかなければいけないんじゃないかなと思っています。
今まで大山椒魚とかを描くことが多かったんですけども、今回はモチーフは違えどやっていることは同じじゃないかなと思います。
中井
前回お伺いした際の大鯰のイメージがあったので、今回モチーフが大きく変わったのかなと思ったんですが、根本は同じということですね。
画材は何を使われているのでしょうか。
丹羽
主に使用したのは抱雲です。濃くしたいところに生墨を使っています。

▲抱雲10丁型
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▲墨すり機 H8型
量が量なので、1時間ぐらい墨すり機を動かしてドロドロの液を作って、それを薄めながら使っています。墨すり機は力強くゴリゴリ磨ってくれるので助かってますね。
岩や茶釜の一部に使っているのは、以前特別に作っていただいた墨です。青墨で擦ったときに伸びがいいやつを作ってもらって、非常に相性が良かったです。
主に使っているのはその3つですね。
▲薬の入った巾着
この巾着だけは虎狼狸の3体とは全く関係がないんですけども、仏様が亡くなったとき、お母さんが息子を助けたいと思って薬を投げたんですが、沙羅双樹の木に引っかかってしまい間に合わなかったという話がもとになっています。
この部分には、薬が木に引っかからずに間に合った、間に合ってほしいという願いを描いています。
中井
ユポ紙と墨の相性はいかがですか。
丹羽
ユポ紙もかなり面白くて、ある程度消せるっていう。ビニールやホワイトボードに描いているような感じなので、濡れ雑巾とかで落とせるんですよ。
虎なんかは、最初に黒でばーっと描いて、その後もう1度掘り出すという表現をしています。ある程度描いてから調節ができるっていうので、普段の和紙に描くことと比べるとまた違う表現が出来ました。
紙が吸わない分、色が全部出てくるという感じで墨の発色もすごく良いんです。ユポ紙を初めて使ったので比較ができないんですけど、そういう意味ではユポ紙と墨の相性は良かったなと。
ユポ紙は丈夫なのでいろんなことが試せるし、気軽な気持ちで力を抜いて描けているんじゃないかという気がしますね。また機会があったらユポ紙で制作したいと思いました。
中井
今はどの程度の完成度でしょうか。
丹羽
今で7割くらいですね。
あと、最後に上の空間のところに住職さんに字を書いてもらおうと思っています。
画賛といって、「賛」というのが字で書く詩という意味です。
絵に応える形で字を書いたり、そういうものが昔はよくあって、今はほぼ廃れてはいるんですけども、実は前からやりたいなと思っていました。
図々しいお願いではあったんですけども、もし可能であれば字を書いていただけないかと相談したら、「いいよ」ということで。内容はもうお任せしようと思っています。
実は、3月23日に興聖寺で法要をやる時に、本堂の壁に絵を貼りつけて、大病供養みたいなことをやろうかという話をしてくださっています。
この絵でいいのかなと思いながら、この絵にとってもありがたいなと思っていて、それがこの作品の今のところの最終目標ですね。
▲後日お送りいただいた法要の動画。 撮影 片山達貴
今回かなりいろんな話を詰め込んでいる絵で、僕も初めての試みが多いんですけれど、いろんな制約がある中でこそできたんじゃないかと思っています。
中国から帰ってきていろんな人にお世話になって何とか画材をそろえて、こうやって絵が描けて、禅や食事を一緒にするっていうプロセスも含めて作品だなと思っています。
いろんな絵を描こうとしますけど、何もなく中国にいるだけではここまでの変化はたぶん描けなかったし、この作品は出来上がらなかったと思います。
皆さんに助けられてこそですけど、いい機会だったかなと思いますね。
※1
ユポ紙とは、紙とフィルムの良さをそなえる機能合成紙です。
※記事に掲載されている内容は発表時点での情報であり、最新の情報と異なる場合があります。





