とんちで有名な一休宗純いっきゅうそうじゅん和尚を開祖とする大徳寺真珠庵。その方丈の間には、一休さんに教えを受けた画家・曽我蛇足そがじゃそくや、桃山時代を代表する画家・長谷川等伯はせがわとうはくの襖絵が飾られていました。

今回、約400年ぶりにそれらが修復に入るということで、代わりとなる襖絵を様々な分野で活躍する六人の現代の絵師たちが描きました。これが「真珠庵 襖絵プロジェクト」です。2018年9月1日から12月16日まで大徳寺真珠庵にて、特別公開されています。

大徳寺 真珠庵HP
http://kyotoshunju.com/?temple=daitokuji-shinjuan-2

六点の襖絵の中で、一休さんの像が安置されている重要文化財の仏間に描かれた「空花」。シンプルでありながら、前に立つと吸い込まれそうな奥行きと迫力のある襖絵を描いたのは美術家の山口和也さんです。

山口さんは以前より呉竹と親交がありました。今回、山口さんはユニークで文化的に意義のあるこのプロジェクトで、襖絵制作に、呉竹(※1)の「純松煙磨墨液じゅんしょうえんまぼくえき 松潤しょうじゅん かい」を使ってくださっています。これは墨屋から創業したメーカーである呉竹にとって、大変喜ばしい報せでした。そこで、呉竹の「純松煙磨墨液 松潤 改」がどのように使われたのかを含め、山口さんにお話を伺いました。

真珠庵 襖絵プロジェクトとは

真珠庵 襖絵プロジェクトは、山田宗正そうしょう 真珠庵第27世住職が立ち上げました。今回の修復をきっかけに、現代を代表するクリエイターの襖絵を集めることで、若い世代の注目を集め、古い襖絵の存在とその維持・管理の困難さを知ってもらい、結果として文化財である襖絵の修復に資すればという思いがあったようです。

襖絵を手掛けたのは、「釣りバカ日誌」で知られる漫画家の北見けんいちさんをはじめ、映画監督の山賀博之さん、日本画家/僧侶の濱地創宗そうしゅうさん、美術家の山口和也さん、イラストレーターの伊野孝行さん、イラストレーター/アートディレクターの上国料かみこくりょういさむさんと活躍する分野も作風も様々なクリエイターの方々です。全員に共通しているのは、住職と縁があるという点のみ。

住職が直感的に「これだ!」と感じた人が集まっているから、これだけ様々なジャンルの襖絵でも不思議な統一感があるのだと、山口さんは語ります。

美術家 山口和也

音楽家と行う“KAKIAIKKO”

絵画点火式奉納

山口さんは美術家で、「瞬間の彼方にある永遠性」をテーマに絵画や写真作品の制作をおこなっています。写真家としては人物を主な被写体とし、日本画家の千住博さんやプロボクサー小松則幸さんの写真集を刊行。ここ数年間は辰吉丈一郎さんの撮影を行なっています。

また画家としては、音楽家と一対一でステージに上がり、即興で互いの音と線を交わして行く”KAKIAIKKO”による絵画制作や、2016年には、兵庫県にある観音寺本堂の天井画「鳳凰図」を描いたり、2018年には日本で唯一、紙の神様が祀られる岡太神社・大瀧神社の千三百年大祭において、特製花火を用いて描かれる山口さん独自の手法である「絵画点火式」を奉納するなど、多岐にわたって活躍されています。

山口さんの詳しい活動については、下記リンク先参照

山口和也さん facebook
https://www.facebook.com/kazuya.yamaguchi.10

真珠庵 襖絵プロジェクトへの参加

山口さんと真珠庵の縁を繋いだのは、今は亡き小松則幸さんという元東洋太平洋フライ級王者のボクサーでした。

ある日、山口さんはたまたまテレビで流れていたボクシングの番組を観て感動、その後試合会場へ足を運び、リング上で戦う二人のボクサーの間合いの美しさに惹かれたといいます。その後小松選手と出逢い、6年もの長期間にわたって彼を写真に収め続けました。

2009年4月、亀田大毅選手との試合を1か月後に控えた小松選手は精神修行のため真珠庵で数日間、座禅に取り組みました。そしてその後訪れたある滝で、誤って滝つぼに落ちて亡くなりました。

山口さんは東京と大阪で小松さんの写真展を開催し、2011年 写真集”KOMATU NORIYUKI YAMAGUCHI KAZUYA”(yncci)を出版しました。その写真集を真珠庵へ持って行った際に、住職は山口さんの絵を見たこともないにも関わらず、その場で真珠庵プロジェクトへの参加を持ち掛けたのだそうです。

写真集”KOMATU NORIYUKI YAMAGUCHI KAZUYA”
http://yncci.com/publishing/index.html

着想 ~闇が粒子のように感じた~

襖絵プロジェクトへの参加が決まり、制作のため山口さんは真珠庵で寝泊まりをしていました。幾度となく仏間へ足を運び、400年を経た曽我蛇足の襖絵に囲まれながら一休さんの像と対峙して何を描くべきかと思案するも、そう簡単に描くべきものへ辿り着けなかったといいます。

そんな山口さんに、あるきっかけが訪れました。それは冬場のまだ薄暗い早朝、座禅を組んでいる時に、方丈の中の闇が粒子のように感じられ、それがゆっくりと動き始めたそうです。山口さんはこの美しさこそが自身にとっての原点であり到達点であるであると確信し「空花」の着想に至りました。何か絵柄を描くのではなく、見えない美を描くための徹底した制作がそこからはじまりました。

紙の制作 ~雁皮紙がんぴしを採るため山中へ~

紙の素材となる雁皮を山で採集する

雁皮を干し、

紙の繊維として使える場所を削ぎ出す

雁皮を叩いて繊維にする

雁皮の繊維を湧き水に散らし、

漉く。

山口さんは「空花」の紙を作るところからその制作をはじめました。石川県の山中に自ら分け入り、雁皮を採集するところから自らの手で行っています。雁皮は繊維が強く耐久性・防湿性に優れ、害虫にも強いため長期の保存が可能な素材ですが、栽培ができないがゆえに非常に希少です。そのため雁皮紙は紙の王様ともいわれます。
山口さんは、採集した雁皮の皮を自らの手ではぎ、茹で、叩き、漉きました。漉く際に使用する水も山の湧き水を使い、雁皮と山の湧き水以外の混ぜ物は一切入れずに紙を仕上げるという徹底ぶりです。そうすることで山が受け継いできた太古の記憶を紙に宿らせるのだと教えてくれました。

作品の着彩 ~松煙墨しょうえんぼくとの出会い~

これだけ苦労をして紙を漉くことによって、次にやるべきことが明確になったといいます。例えばアクリル絵の具などの人工物をこの紙にのせることには違和感があり、「空花」の着想を得た際に見た闇を表現する為に慎重に検討を重ねた結果、日本の松の煤と膠を原料とした松煙墨(※2)にたどり着いたのです。そして呉竹の「純松煙磨墨液 松潤 改」を使用してくださることになりました。

その時の感覚を「墨色はもちろんだけれども、この墨の薫りとか、なにか動物的な感覚で、これならばこの雁皮紙の上にのせることを自分自身が許せると感じたんです」と山口さんは振り返ります。

雁皮紙に松煙墨と箔を置いたところ

紙に松煙墨を雨のように降らせ、銀箔を貼り、さらに何度も松煙墨を降らせて重ねています。刷毛などを使用し、手で塗ると筆跡などが残ってしまいます。“降らせる”という手法に至ったのは、この“手のこと”を排除し、闇の空間を描くのに最もいい形だったからだといいます。

仕上げ ~今という閃光を走らせる~

花火の点火シーン

紙を漉き、松煙墨を重ね、銀箔を置いても、まだ作品は完成していません。山口さんの独自の手法である特製花火による仕上げが残っているのです。「空花」では、4種類の火薬や特製花火を作品の上に散らし、火をつけることで、画面に今という閃光を走らせます。

そのようにして仕上げに瞬間の痕跡をつけることで、山口さんの作品に通底している永遠性というテーマを表現し、作品は完成します。

「空花」 ~瞬間の彼方にある永遠性~

「空花」は真珠庵に飾られる他の襖絵と比較すると、非常にシンプルに見えます。しかし、「人は目で見えるものや、言葉で表現できる事におもきを置きがちだけれども、同時にそうでない何かを野生動物のように察知している」と山口さんは言います。実際に「空花」を前にすると、そのえもいわれぬ奥深さや迫力に圧倒されます。

「空花」の一部分

一休さんの像が安置される仏間に「空花」が収められている。

山口さんは自身の襖絵を、美になる前の原石であると語ります。「一休さんのお足元にはどんな絵を描いても間に合わない、それよりもこれから様々に昇華することの出来る美の原石のような存在が相応しいと感じたんです」と。他の絵師たちによって方丈の各所には様々な魅力を持った襖絵が描かれています。そしてその中心となる一休さんの足下には美の原石、というわけです。

襖絵「空花」は、この先100年200年の事を考えながら描かれました。しかし山口さんにもどのように変化するのかわかりません。「今みえている銀箔が黒くなっていくのか、墨が変化していって、今はみえない銀箔の星が輝き出すのかもしれないし、500年後には雁皮紙の繊維による表情だけが残っているのかもしれません。むしろ想像できないからいいし、なんなら真っ黒になったっていいんですよ。そうなっても今の空花とたぶん変わらない印象なんじゃないかな。また300年後に一緒に見に来ませんか」と山口さんは笑います。

古来より文房四宝(※3)のひとつとして親しまれ貴ばれてきた墨は、消耗されながらはじめて不滅の光彩を放つという宿命を持っています。呉竹が製造している墨や墨液は、滅されて初めて命を得て、後世に残っていくのです。

この度、呉竹の松煙墨液が山口さんの手によって作品の中に命を持つことができたことは、まさにメーカー冥利に尽きる出来事でした。

大徳寺真珠庵の特別公開は、2018年12月16日まで行われる予定です。ぜひ一度足をお運びいただき、襖絵の迫力、そこに込められた想いを感じてみてはいかがでしょうか。

※1 呉竹について

呉竹は文房具の総合メーカーで、書道用品や筆ぺん、ホビークラフト用品など幅広く扱っています。その創業は1902年に遡ります。呉竹はもともと固形墨を生産する墨屋として創業しました。今でこそ100年以上の歴史を持ち、老舗企業と呼ばれる呉竹ですが、墨屋としては後発で、新しいことにどんどん挑戦していかなければ生き残れないという意識を常に持っていたのです。

そして、墨造りの伝統技術を核として受け継いでいく一方、時代の変化に対応して、墨滴やサインペン、筆ぺん、ホビークラフト用品など様々な商品開発を行ってきました。

山口さんは、企業としての根幹である墨に興味を持ち、墨のことを知りたいと呉竹を訪ねてくださいました。そこで、呉竹の技術者から山口さんへ墨や墨滴についての説明をさせていただきました。今回、そのご縁によって、真珠庵へ訪問し山口さんの話を直接お伺いする機会に恵まれました。

※2 松煙墨について

「純松煙磨墨液 松潤 改」は松煙墨の墨液です。

墨は煤と膠と香料を混ぜ合わせることで造ります。

墨の種類は原料である煤や膠の原料の違いによって分けられますが、煤の違いによって分類すると、油煙墨と松煙墨の2種類に分けられます。

油煙墨とは、菜種や胡麻などの植物油を燃やして採取した煤である油煙を原料としています。対して松煙墨は、松材を燃やして採取した煤である松煙を原料としています。

煤を採るための油の種類によって墨色は微妙に違いますが、油煙墨は一般に、漆黒ないしは紫紺、または赤茶系の黒の墨色です。一方、松煙墨は、やや青味を帯びた墨色となります。これらの墨色の違いは、煤の粒子の違いによって生じます。

※3 文房四宝について

文人の書斎のことを文房と呼びます。書斎で使用される用具のうち、特に大切なものであるとされる、筆・墨・硯・紙の4つを総称して「文房四宝」といいます。

本文中のすべての写真提供:山口和也

松煙を使用した商品のご案内

松潤/1.0丁型


本体価格:7,000円(税抜)

呉竹独自の採煙法で採取された精煙をまったりと練り上げた至上の製品。

 

 

 

純松煙磨墨液 松潤 改/250ml


本体価格:6,600円(税抜)

「松潤 改」は国産松煙のみを用いて、天然の和膠と天然龍脳を加えて制作した純松煙磨墨液です。特殊な製法により固形墨を最適濃度に磨りつくした場合と同じ濃度、墨量に仕上げております。
固形の松煙墨と同様に、しっとりと落ち着きのあるやや青味を帯びた墨色で、反射が少なく光を吸収するので、清楚で上品な黒さが引き立ち、作品に厚みが感じられます
淡墨では滲みが美しく、松煙墨特有の自然味のある青紫を呈した墨色です。

 

※製品情報に掲載されている内容は発表時点でのものであり、最新の情報と異なる場合があります。